掛けているため、ぴしゃぴしゃする響が、下からよく聞こえた。お貞さんのは素足の上に、女のつつましやかな気性《きしょう》をあらわすせいか、まるで聴《き》き取れなかった。戸を開けて戸を閉じる音さえ、自分の耳には全く這入《はい》らなかった。
 彼ら二人はそこで約三十分ばかり何か話していた。その間嫂は平生の冷淡さに引き換えて、尋常《なみ》のものより機嫌《きげん》よく話したり笑ったりした。けれどもその裏に不機嫌を蔵《かく》そうとする不自然の努力が強く潜在している事が自分によく解った。岡田は平気でいた。
 自分は彼女が兄と会見を終って、自分達の室《へや》の横を通る時、その足音を聞きつけて、用あり気に不意と廊下へ出た。ばったり出逢《であ》った彼女の顔は依然として恥ずかしそうに赤く染《そま》っていた。彼女は眼を俯《ふ》せて、自分の傍《そば》を擦《す》り抜けた。その時自分は彼女の瞼《まぶた》に涙の宿った痕迹《こんせき》をたしかに認めたような気がした。けれども書斎に入《い》った彼女が兄と差向いでどんな談話をしたか、それはいまだに知る事を得ない。自分だけではない、その委細を知っているものは、彼ら二人より以外に
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