らね」
 お貞さんは宅《うち》の厄介ものだから、一日も早くどこかへ嫁に世話をするというのが彼の主意であった。自分は家族の一人として岡田の好意を謝すべき地位にあった。
「お宅《たく》じゃ早くお貞さんを片づけたいんでしょう」
 自分の父も母も実際そうなのである。けれどもこの時自分の眼にはお貞さんと佐野という縁故も何もない二人がいっしょにかつ離れ離れに映じた。
「旨《うま》く行くでしょうか」
「そりゃ行くだろうじゃありませんか。僕とお兼を見たって解るでしょう。結婚してからまだ一度も大喧嘩《おおげんか》をした事なんかありゃしませんぜ」
「あなた方《がた》は特別だけれども……」
「なにどこの夫婦だって、大概似たものでさあ」
 岡田と自分はそれでこの話を切り上げた。

        十二

 三沢の便《たよ》りははたして次の日の午後になっても来なかった。気の短い自分にはこんなズボラを待ってやるのが腹立《はらだた》しく感ぜられた、強《し》いてもこれから一人で立とうと決心した。
「まあもう一日《いちんち》二日《ふつか》はよろしいじゃございませんか」とお兼さんは愛嬌《あいきょう》に云ってくれた。自分が
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