たいどうしたと云うんだ。今朝もB先生から同じような事を聞かれて、妙な気がしているところだ」
 三沢は焦烈《じれ》ったそうな自分の顔をなお懇気《こんき》に見つめていたが、やがて「じゃ話そう」と云った。
「B先生の話も僕のもやっぱり同じHさんから出たのだろうと思うがね。Hさんのはまた学生から出たのだって云ったよ。何でもね、君の兄さんの講義は、平生から明瞭《めいりょう》で新しくって、大変学生に気受《きうけ》が好いんだそうだが、その明瞭な講義中に、やはり明瞭ではあるが、前後とどうしても辻褄《つじつま》の合わない所が一二箇所出て来るんだってね。そうしてそれを学生が質問すると、君の兄さんは元来正直な人だから、何遍も何遍も繰返して、そこを説明しようとするが、どうしても解らないんだそうだ。しまいに手を額へ当てて、どうも近来頭が少し悪いもんだから……とぼんやり硝子窓《ガラスまど》の外を眺めながら、いつまでも立っているんで、学生も、そんならまたこの次にしましょうと、自分の方で引き下がった事が、何でも幾遍もあったと云う話さ。Hさんは僕に今度長野(自分の姓)に逢《あ》ったら、少し注意して見るが好い。ことによる
前へ 次へ
全520ページ中330ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング