と烈《はげ》しい神経衰弱なのかも知れないからって云ったが、僕もとうとうそれなり忘れてしまって、今君の顔を見るまで実は思い出せなかったのだ」
「そりゃいつ頃の事だ」と自分はせわしなく聞いた。
「ちょうど君の下宿する前後の事だと思っているが、判然《はっきり》した事は覚えていない」
「今でもそうなのか」
三沢は自分の思い逼《せま》った顔を見て、慰めるように「いやいや」と云った。
「いやいやそれはほんに一時的の事であったらしい。この頃では全然平生と変らなくなったようだと、Hさんが二三日《にさんち》前僕に話したから、もう安心だろう。しかし……」
自分は家《うち》を出た時に自分の胸に刻み込んだ兄との会見を思わず憶《おも》い出した。そうしてその折の自分の疑いが、あるいは学校で証明されたのではなかろうかと考えて、非常に心細くかつ恐ろしく感じた。
三十一
自分は力《つと》めて兄の事を忘れようとした。するとふと大阪の病院で三沢から聞いた精神病の「娘さん」を聯想《れんそう》し始めた。
「あのお嬢さんの法事には間に合ったのかね」と聞いて見た。
「間に合った。間に合ったが、実にあの娘さ
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