務所の持主は、昔三沢の保証人をしていた(兄の同僚の)Hの叔父に当《あた》る人であった。この人は永らく外国にいて、内地でも相応に経験を積んだ大家であった。胡麻塩頭《ごましおあたま》の中へ指を突っ込んで、むやみに頭垢《ふけ》を掻き落す癖があるので、差《さ》し向《むかい》の間に火鉢《ひばち》でも置くと、時々火の中から妙な臭《におい》を立てさせて、ひどく相手を弱らせる事があった。
「君の兄さんは近来何を研究しているか」などとたびたび自分に聞いた。自分は仕方なしに、「何だか一人で書斎に籠《こも》ってやってるようです」と極《きわ》めて大体な答えをするのを例のようにしていた。
梧桐《あおぎり》が坊主になったある朝、彼は突然自分を捕《とら》えて、「君の兄さんは近頃どうだね」とまた聞いた。こう云う彼の質問に慣れ切っていた自分も、その時ばかりは余りの不意打にちょっと返事を忘れた。
「健康はどうだね」と彼はまた聞いた。
「健康はあまり好い方じゃないです」と自分は答えた。
「少し気をつけないといけないよ。あまり勉強ばかりしていると」と彼は云った。
自分は彼の顔を打ち守って、そこに一種の真面目《まじめ》な眉
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