対して怒《おこ》り得るほどの勇気を持っていなかった。怒り得るならば、この間|罵《のの》しられて彼の書斎を出るとき、すでに激昂《げっこう》していなければならなかった。自分は後《うしろ》から小さな石膏像《せっこうぞう》の飛んでくるぐらいに恐れを抱く人間ではなかった。けれどもあの時に限って、怒るべき勇気の源がすでに枯れていたような気がする。自分は室に入《い》った幽霊が、ふうとまた室を出るごとくに力なく退却した。その後も彼の書斎の扉《ドア》を叩《たた》いて、快く詫《あや》まるだけの度胸は、どこからも出て来なかった。かくして自分は毎日|苦《にが》い顔をしている彼の顔を、晩餐《ばんさん》の食卓に見るだけであった。
 嫂《あによめ》とも自分は近頃|滅多《めった》に口を利《き》かなかった。近頃というよりもむしろ大阪から帰って後《のち》という方が適当かも知れない。彼女は単独に自分の箪笥《たんす》などを置いた小《ち》さい部屋の所有主であった。しかしながら彼女と芳江が二人ぎりそこに遊んでいる事は、一日中で時間につもるといくらもなかった。彼女はたいてい母と共に裁縫その他の手伝をして日を暮していた。
 父や母に
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