自分は啓の字を横に見たが、どこが間違っているのかまるで解らなかった。自分は父が筆を動かす間、床《とこ》に活けた黄菊だのその後《うしろ》にある懸物《かけもの》だのを心のうちで品評していた。
二十五
父は長い手紙を裾《すそ》の方から巻き返しながら、「何か用かね、また金じゃないか。金ならないよ」と云って、封筒に上書《うわがき》を認《したた》めた。
自分はきわめて簡略に自分の決意を述べた上、「永々御厄介になりましたが……」というような形式の言葉をちょっと後《あと》へ付け加えた。父はただ「うんそうか」と答えた。やがて切手を状袋の角《かど》へ貼《は》り付けて、「ちょっとそのベルを押してくれ」と自分に頼んだ。自分は「僕が出させましょう」と云って手紙を受け取った。父は「お前の下宿の番地を書いて、御母さんに渡しておきな」と注意した。それから床の幅《ふく》についていろいろな説明をした。
自分はそれだけ聞いて父の室《へや》を出た。これで挨拶《あいさつ》の残っているものはいよいよ兄と嫂《あによめ》だけになった。兄にはこの間の事件以来ほとんど親しい言葉を換《か》わさなかった。自分は彼に
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