い顔をして父を見ていた。父は何という意味か、両手で長い頬を二度ほど撫《な》でた。
「この席でこんな御話をするのは少し憚《はばか》りがあるが」と兄が云った。自分はどんな議論が彼の口から出るか、次第によっては途中からその鉾先《ほこさき》を、一座の迷惑にならない方角へ向易《むけか》えようと思って聞いていた。すると彼はこう続けた。
「男は情慾を満足させるまでは、女よりも烈《はげ》しい愛を相手に捧《ささ》げるが、いったん事が成就《じょうじゅ》するとその愛がだんだん下り坂になるに反して、女の方は関係がつくとそれからその男をますます慕《した》うようになる。これが進化論から見ても、世間の事実から見ても、実際じゃなかろうかと思うのです。それでその男もこの原則に支配されて後から女に気がなくなった結果結婚を断ったんじゃないでしょうか」
「妙な御話ね。妾《あたし》女だからそんなむずかしい理窟《りくつ》は知らないけれども、始めて伺ったわ。ずいぶん面白い事があるのね」
 嫂《あによめ》がこう云った時、自分は客に見せたくないような厭《いや》な表情を兄の顔に見出したので、すぐそれをごまかすため何か云って見ようとした。
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