がわ》の所にお重がそっと立っていた。自分は思わず「おい……」と大きな声を出しかけた。お重は急に手を振って相図のように自分の口を塞《ふさ》いでしまった。
「なぜそんな暗い所に一人で立っているんだい」と自分は彼女の耳へ口を付けて聞いた。彼女はすぐ「なぜでも」と答えた。しかし自分がその返事に満足しないでやはり元の所に立っているのを見て、「先刻《さっき》から、何遍も出て来い出て来いって催促するのよ。だから御母さんに断って、少し加減が悪い事にしてあるのよ」
「なぜまた今日に限って、そんなに遠慮するんだい」
「だって妾《あたし》鼓《つづみ》なんか打つのはもう厭《いや》になっちまったんですもの、馬鹿らしくって。それにこれからやるのなんかむずかしくってとてもできないんですもの」
「感心にお前みたような女でも謙遜《けんそん》の道は少々心得ているから偉いね」と云い放ったまま、自分は奥へ通った。
十二
奥には例の客が二人|床《とこ》の前に坐《すわ》っていた。二人とも品の好い容貌《ようぼう》の人で、その薄く禿げかかった頭が後《うしろ》にかかっている探幽《たんゆう》の三幅対《さんぷくつい》
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