す気は毫《ごう》も起らなかった。
嫂は無言のまますっと立った、室《へや》の出口でちょっと振り返って芳江を手招きした。芳江もすぐ立った。
「おや今日はお菓子を頂かないで行くの」とお重が聞いた。芳江はそこに立ったまま、どうしたものだろうかと思案する様子に見えた。嫂は「おや芳江さん来ないの」とさもおとなしやかに云って廊下の外へ出た。今まで躊躇《ちゅうちょ》していた芳江は、嫂の姿が見えなくなるや否や急に意を決したもののごとく、ばたばたとその後《あと》を追駈《おいか》けた。
お重は彼女の後姿《うしろすがた》をさも忌々《いまいま》しそうに見送った。父と母は厳格な顔をして己《おの》れの皿の中を見つめていた。お重は兄を筋違《すじか》いに見た。けれども兄は遠くの方をぼんやり眺めていた。もっとも彼の眉根《まゆね》には薄く八の字が描かれていた。
「兄さん、そのプッジングを妾《あたし》にちょうだい。ね、好いでしょう」とお重が兄に云った。兄は無言のまま皿をお重の方に押《おし》やった。お重も無言のままそれを匙《スプーン》で突《つっ》ついたが、自分から見ると、食べたくない物を業腹《ごうはら》で食べているとしか思
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