普通一般の挨拶ぶりが、場合が場合なので、自分には一種変に聞こえた。自分の胸は今までさほど責任を感じていなかったところへ急に重苦しい束縛《そくばく》ができた。
 四人《よつたり》は膳《ぜん》に向いながら話をした。お兼さんは佐野とはだいぶ心やすい間柄《あいだがら》と見えて、時々向側から調戯《からか》ったりした。
「佐野さん、あなたの写真の評判が東京《あっち》で大変なんですって」
「どう大変なんです。――おおかた好い方へ大変なんでしょうね」
「そりゃもちろんよ。嘘《うそ》だと覚し召すならお隣りにいらっしゃる方に伺って御覧になれば解るわ」
 佐野は笑いながらすぐ自分の方を見た。自分はちょっと何とか云わなければ跋《ばつ》が悪かった。それで真面目《まじめ》な顔をして、「どうも写真は大阪の方が東京より発達しているようですね」と云った。すると岡田が「浄瑠璃《じょうるり》じゃあるまいし」と交返《まぜかえ》した。
 岡田は自分の母の遠縁に当る男だけれども、長く自分の宅《うち》の食客《しょっかく》をしていたせいか、昔から自分や自分の兄に対しては一段低い物の云い方をする習慣をもっていた。久しぶりに会った昨日《
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