えて好いか見当《けんとう》がつかなかった。ただ問題が例の嫂事件を再発《さいほつ》させては大変だと考えた。それで卑怯《ひきょう》のようではあるが、問答がそこへ流れ入る事を故意に防いだ。
「兄さんが考え過ぎるから、自分でそう思うんですよ。それよりかこの好天気を利用して、今度の日曜ぐらいに、どこかへ遠足でもしようじゃありませんか」
兄はかすかに「うん」と云って慵《ものう》げに承諾の意を示した。
六
兄の顔には孤独の淋《さみ》しみが広い額を伝わって瘠《こ》けた頬に漲《みなぎ》っていた。
「二郎おれは昔から自然が好きだが、つまり人間と合わないので、やむをえず自然の方に心を移す訳になるんだろうかな」
自分は兄が気の毒になった。「そんな事はないでしょう」と一口に打ち消して見た。けれどもそれで兄の満足を買う訳には行かなかった。自分はすかさずまたこう云った。
「やっぱり家《うち》の血統にそう云う傾きがあるんですよ。御父さんは無論、僕でも兄さんの知っていらっしゃる通りですし、それにね、あのお重がまた不思議と、花や木が好きで、今じゃ山水画などを見ると感に堪《た》えたような顔をして時
前へ
次へ
全520ページ中249ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング