かりじゃないよ」と云った。自分は黙って彼の顔を打ち守った。
「おれは自分の子供を綾成す事ができないばかりじゃない。自分の父や母でさえ綾成す技巧を持っていない。それどころか肝心《かんじん》のわが妻《さい》さえどうしたら綾成せるかいまだに分別がつかないんだ。この年になるまで学問をした御蔭《おかげ》で、そんな技巧は覚える余暇《ひま》がなかった。二郎、ある技巧は、人生を幸福にするために、どうしても必要と見えるね」
「でも立派な講義さえできりゃ、それですべてを償《つぐな》って余《あまり》あるから好いでさあ」
自分はこう云って、様子次第、退却しようとした。ところが兄は中止する気色《けしき》を見せなかった。
「おれは講義を作るためばかりに生れた人間じゃない。しかし講義を作ったり書物を読んだりする必要があるために肝心《かんじん》の人間らしい心持を人間らしく満足させる事ができなくなってしまったのだ。でなければ先方《さき》で満足させてくれる事ができなくなったのだ」
自分は兄の言葉の裏に、彼の周囲を呪《のろ》うように苦々《にがにが》しいある物を発見した。自分は何とか答えなければならなかった。しかし何と答
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