すると例のお重とお貞さんが父を弁護した。
「そうじゃ無いのよ。あんまり手数《てすう》がかかるんで、御父さんも根気が尽きちまったのよ。それでも御父さんだからあれだけにできたんですって、皆《みん》な賞《ほ》めていらしったわ」
 母と嫂《あによめ》は自分の顔を見て、さも自分の無識を嘲《あざ》けるように笑い出した。すると傍《そば》にいた小さな芳江までが嫂と同じように意味のある笑い方をした。
 こんな瑣事《さじ》で日を暮しているうちに兄と嫂の間柄は自然自分達の胸を離れるようになった。自分はかねて約束した通り、兄の前へ出て嫂の事を説明する必要がなくなったような気がした。母が東京へ帰ってからゆっくり話そうと云ったむずかしそうな事件も母の口から容易に出ようとも思えなかった。最後にあれほど嫂について智識を得たがっていた兄が、だんだん冷静に傾いて来た。その代り父母や自分に対しても前ほどは口を利《き》かなくなった。暑い時でもたいていは書斎へ引籠《ひきこも》って何か熱心にやっていた。自分は時々嫂に向って、「兄さんは勉強ですか」と聞いた。嫂は「ええおおかた来学年の講義でも作ってるんでしょう」と答えた。自分はなる
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