る浪の音を嫌《きら》った。
「もうもう和歌の浦も御免《ごめん》。海も御免。慾も得も要らないから、早く東京へ帰りたいよ」
母はこう云って眉《まゆ》をひそめた。兄は肉のない頬へ皺《しわ》を寄せて苦笑した。
「二郎達は昨夕どこへ泊ったんだい」と聞いた。
自分は和歌山の宿の名を挙げて答えた。
「好い宿かい」
「何だかかんだか、ただ暗くって陰気なだけです。ねえ姉さん」
その時兄は走るような眼を嫂に転じた。
嫂はただ自分の顔を見て「まるでお化《ばけ》でも出そうな宅《うち》ね」と云った。
日の夕暮に自分は嫂と階段の下で出逢《であ》った。その時自分は彼女に「どうです、兄さんは怒ってるんでしょうか」と聞いて見た。嫂は「どうだか腹の中はちょっと解らないわ」と淋《さび》しく笑いながら上へ昇って行った。
四十一
母が暴風雨に怖気《おじけ》がついて、早く立とうと云うのを機《しお》に、みんなここを切上げて一刻も早く帰る事にした。
「いかな名所でも一日二日は好いが、長くなるとつまらないですね」と兄は母に同意していた。
母は自分を小蔭《こかげ》へ呼んで、「二郎お前どうするつもりだい」
前へ
次へ
全520ページ中221ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング