険を共にした嬉《うれ》しさがどこからか湧《わ》いて出た。その嬉しさが出た時、自分は風も雨も海嘯《つなみ》も母も兄もことごとく忘れた。するとその嬉しさがまた俄然《がぜん》として一種の恐ろしさに変化した。恐ろしさと云うよりも、むしろ恐ろしさの前触《まえぶれ》であった。どこかに潜伏しているように思われる不安の徴候であった。そうしてその時は外面《そと》を狂い廻る暴風雨《あらし》が、木を根こぎにしたり、塀《へい》を倒したり、屋根瓦を捲《め》くったりするのみならず、今薄暗い行灯《あんどん》[#ルビの「あんどん」は底本では「あんどう」]の下《もと》で味のない煙草《たばこ》を吸っているこの自分を、粉微塵《こみじん》に破壊する予告のごとく思われた。
自分がこんな事をぐるぐる考えているうちに、蚊帳《かや》の中に死人のごとくおとなしくしていた嫂《あによめ》が、急に寝返《ねがえり》をした。そうして自分に聞えるように長い欠伸《あくび》をした。
「姉さんまだ寝ないんですか」と自分は煙草の煙の間から嫂に聞いた。
「ええ、だってこの吹き降りじゃ寝ようにも寝られないじゃありませんか」
「僕もあの風の音が耳についてどう
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