、また愛し切っているとばかり考えていた母の表情を見てたちまち臆した。
「では止します。元々僕の発案《ほつあん》で姉さんを誘い出すんじゃない。兄さんが二人で行って来いと云うから行くだけの事です。御母さんが御不承知ならいつでもやめます。その代り御母さんから兄さんに談判して行かないで好いようにして下さい。僕は兄さんに約束があるんだから」
自分はこう答えて、何だかきまりが悪そうに母の前に立っていた。実は母の前を去る勇気が出なかったのである。母は少し途方に暮れた様子であった。しかししまいに思い切ったと見えて、「じゃ兄さんには妾《わたし》から話をするから、その代り御前はここに待ってておくれ、三階へ一緒に来るとまた事が面倒になるかも知れないから」と云った。
自分は母の後影を見送りながら、事がこんな風に引絡《ひっから》まった日には、とても嫂《あによめ》を連れて和歌山などへ行く気になれない、行ったところで肝心《かんじん》の用は弁じない、どうか母の思い通りに事が変じてくれれば好いがと思った。そうして気の落ちつかない胸を抱いて、広い座敷を右左に目的もなく往ったり来たりした。
やがて三階から兄が下りて来
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