が一つ光っていた。
自分が洋盃《コップ》を取上げて咽喉《のど》を潤《うるお》した時、お兼さんは帯の間から一枚の葉書を取り出した。
「先ほどお出《で》かけになった後《あと》で」と云いかけて、にやにや笑っている。自分はその表面に三沢の二字を認めた。
「とうとう参りましたね。御待かねの……」
自分は微笑しながら、すぐ裏を返して見た。
「一両日|後《おく》れるかも知れぬ」
葉書に大きく書いた文字はただこれだけであった。
「まるで電報のようでございますね」
「それであなた笑ってたんですか」
「そう云う訳でもございませんけれども、何だかあんまり……」
お兼さんはそこで黙ってしまった。自分はお兼さんをもっと笑わせたかった。
「あんまり、どうしました」
「あんまりもったいないようですから」
お兼さんのお父さんというのは大変|緻密《ちみつ》な人で、お兼さんの所へ手紙を寄こすにも、たいていは葉書で用を弁じている代りに蠅《はえ》の頭のような字を十五行も並べて来るという話しを、お兼さんは面白そうにした。自分は三沢の事を全く忘れて、ただ前にいるお兼さんを的《まと》に、さまざまの事を尋ねたり聞いたりした
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