た。沢《さわ》らしい不規則な水の形もまた海より近くに、平たい面を鏡のように展《の》べていた。
兄は例の洋杖《ステッキ》を顋《あご》の下に支えて黙っていたが、やがて思い切ったという風に自分の方を向いた。
「二郎|実《じつ》は頼みがあるんだが」
「ええ、それを伺うつもりでわざわざ来たんだからゆっくり話して下さい。できる事なら何でもしますから」
「二郎実は少し云い悪《にく》い事なんだがな」
「云い悪い事でも僕だから好いでしょう」
「うんおれは御前を信用しているから話すよ。しかし驚いてくれるな」
自分は兄からこう云われた時に、話を聞かない先《さき》にまず驚いた。そうしてどんな注文が兄の口から出るかを恐れた。兄の気分は前云った通り変り易《やす》かった。けれどもいったん何か云い出すと、意地にもそれを通さなければ承知しなかった。
二十四
「二郎驚いちゃいけないぜ」と兄が繰返した。そうして現に驚いている自分を嘲《あざ》けるごとく見た。自分は今の兄と権現社頭《ごんげんしゃとう》の兄とを比較してまるで別人の観《かん》をなした。今の兄は翻《ひる》がえしがたい堅い決心をもって自分に向っ
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