れるに違いないと思って暗《あん》にその覚悟をしていた。ところが事実は反対で、彼はできるだけ口数を慎《つつし》んで、さっさと歩く方針に出た。それが少しは無気味でもあったがまただいぶ嬉《うれ》しくもあった。
宿では母と嫂《あによめ》が欄干《らんかん》に縞絽《しまろ》だか明石《あかし》だかよそゆきの着物を掛けて二人とも浴衣《ゆかた》のまま差向いで坐っていた。自分達の姿を見た母は、「まあどこまで行ったの」と驚いた顔をした。
「あなた方はどこへも行かなかったんですか」
欄干に干してある着物を見ながら、自分がこう聞いた時、嫂は「ええ行ったわ」と答えた。
「どこへ」
「あてて御覧なさい」
今の自分は兄のいる前で嫂からこう気易《きやす》く話しかけられるのが、兄に対して何とも申し訳がないようであった。のみならず、兄の眼から見れば、彼女が故意《ことさら》に自分にだけ親しみを表わしているとしか解釈ができまいと考えて誰にも打ち明けられない苦痛を感じた。
嫂はいっこう平気であった。自分にはそれが冷淡から出るのか、無頓着《むとんじゃく》から来るのか、または常識を無視しているのか、少し解り兼ねた。
彼らの
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