あった。自分の話相手がなくなってこっちの室《へや》が急にひっそりして見ると、兄の室はなお森閑と自分の耳を澄ました。
 自分は眼を閉じたままじっとしていた。しかしいつまで経《た》っても寝つかれなかった。しまいには静さに祟《たた》られたようなこの暑い苦しみを痛切に感じ出した。それで母の眠《ねむり》を妨《さまた》げないようにそっと蒲団《ふとん》の上に起き直った。それから蚊帳《かや》の裾《すそ》を捲《まく》って縁側《えんがわ》へ出る気で、なるべく音のしないように障子《しょうじ》をすうと開《あ》けにかかった。すると今まで寝入っていたとばかり思った母が突然「二郎どこへ行くんだい」と聞いた。
「あんまり寝苦しいから、縁側へ出て少し涼もうと思います」
「そうかい」
 母の声は明晰《めいせき》で落ちついていた。自分はその調子で、彼女がまんじりともせずに今まで起きていた事を知った。
「御母さんも、まだ御休みにならないんですか」
「ええ寝床の変ったせいか何だか勝手が違ってね」
 自分は貸浴衣《かしゆかた》の腰に三尺帯を一重《ひとえ》廻しただけで、懐《ふところ》へ敷島《しきしま》の袋と燐寸《マッチ》を入れて縁
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