を乗っけてもよさそうだね」と母は停車場の方を顧《かえり》みた。
ところへ書物を持った書生体《しょせいてい》の男だの、扇を使う商人風の男だのが二三人前後して車台に上《のぼ》ってばらばらに腰をかけ始めたので、運転手はついに把手《ハンドル》を動かし出した。
自分達は何だか市の外廓《がいかく》らしい淋《さむ》しい土塀《どべい》つづきの狭い町を曲って、二三度停留所を通り越した後《のち》、高い石垣の下にある濠《ほり》を見た。濠の中には蓮《はす》が一面に青い葉を浮べていた。その青い葉の中に、点々と咲く紅《くれない》の花が、落ちつかない自分達の眼をちらちらさせた。
「へえーこれが昔のお城かね」と母は感心していた。母の叔母というのが、昔し紀州家の奥に勤めていたとか云うので、母は一層感慨の念が深かったのだろう。自分も子供の時、折々耳にした紀州様、紀州様という封建時代の言葉をふと思い出した。
和歌山市を通り越して少し田舎道《いなかみち》を走ると、電車はじき和歌の浦へ着いた。抜目《ぬけめ》のない岡田はかねてから注意して土地で一流の宿屋へ室《へや》の注文をしたのだが、あいにく避暑の客が込み合って、眺《なが
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