ふ》えて、これから十年立つとまたその富が今の何十倍になるというような統計を挙《あ》げておおいに満足らしく見えた。
「大阪の富より君自身の富はどうだい」と兄が皮肉を云ったとき、岡田は禿《は》げかかった頭へ手を載《の》せて笑い出した。
「しかし僕の今日《こんにち》あるも――というと、偉過《えらす》ぎるが、まあどうかこうかやって行けるのも、全く叔父《おじ》さんと叔母さんのお蔭《かげ》です。僕はいくらこうして酒を呑《の》んで太平楽《たいへいらく》を並べていたって、それだけはけっして忘れやしません」
岡田はこんな事を云って、傍《そば》にいる母と遠くにいる父に感謝の意を表した。彼は酔うと同じ言葉を何遍も繰返す癖のある男だったが、ことにこの感謝の意は少しずつ違った形式で、幾度《いくたび》か彼の口から洩《も》れた。しまいに彼は灘万《なだまん》のまな鰹《がつお》とか何とかいうものを、是非父に喰わせたいと云い募《つの》った。
自分は彼がもと書生であった頃、ある正月の宵《よい》どこかで振舞酒《ふるまいざけ》を浴びて帰って来て、父の前へ長さ三寸ばかりの赤い蟹《かに》の足を置きながら平伏して、謹《つつし》ん
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