と疲れて役に立たないからだそうです」と自分が答えた。
「へえー、なぜ」と今度は嫂《あによめ》が不思議そうに聞いたが、それには自分も答える事ができなかった。
有馬行《ありまゆき》は犬のせいでもなかったろうけれども、とうとう立消《たちぎえ》になった。そうして意外にも和歌《わか》の浦《うら》見物が兄の口から発議《ほつぎ》された。これは自分もかねてから見たいと思っていた名所であった。母も子供の時からその名に親しみがあるとかで、すぐ同意した。嫂だけはどこでも構わないという風に見えた。
兄は学者であった。また見識家《けんしきか》であった。その上詩人らしい純粋な気質を持って生れた好い男であった。けれども長男だけにどこかわがままなところを具えていた。自分から云うと、普通の長男よりは、だいぶ甘やかされて育ったとしか見えなかった。自分ばかりではない、母や嫂に対しても、機嫌《きげん》の好い時は馬鹿に好いが、いったん旋毛《つむじ》が曲り出すと、幾日《いくか》でも苦い顔をして、わざと口を利《き》かずにいた。それで他人の前へ出ると、また全く人間が変ったように、たいていな事があっても滅多《めった》に紳士の態度を
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