は約のごとくその晩また尋《たず》ねて来た。
四
岡田はすこぶる念入の遊覧目録といったようなものを、わざわざ宅《うち》から拵《こしら》えて来て、母と兄に見せた。それがまた余り綿密過ぎるので、母も兄も「これじゃ」と驚いた。
「まあ幾日《いくか》くらい御滞在になれるんですか、それ次第でプログラムの作り方もまたあるんですから。こっちは東京と違ってね、少し市を離れるといくらでも見物する所があるんです」
岡田の言葉のうちには多少の不服が籠《こも》っていたが、同時に得意な調子も見えた。
「まるで大阪を自慢していらっしゃるようよ。あなたの話を傍《そば》で聞いていると」
お兼さんは笑いながらこう云って真面目《まじめ》な夫に注意した。
「いえ自慢じゃない。自慢じゃないが……」
注意された岡田はますます真面目になった。それが少し滑稽《こっけい》に見えたので皆《みん》なが笑い出した。
「岡田さんは五六年のうちにすっかり上方風《かみがたふう》になってしまったんですね」と母が調戯《からか》った。
「それでもよく東京の言葉だけは忘れずにいるじゃありませんか」と兄がその後《あと》に随《つ》
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