が三人代る代る大《おおき》な沢庵石《たくあんいし》の持ち上げ競《くら》をしていた。やっと云うのは両手へ力を入れて差し上げる時の声なんだよ。それを三人とも夢中になって熱心にやっていたが、熱心なせいか、誰も一口も物を云わない。おれは明らかな月影に黙って動く裸体《はだか》の人影を見て、妙に不思議な心持がした。するとそのうちの一人が細長い天秤棒《てんびんぼう》のようなものをぐるりぐるりと廻し始めた……」
「何だか水滸伝《すいこでん》のような趣《おもむき》じゃありませんか」
「その時からしてがすでに縹緲《ひょうびょう》たるものさ。今日《こんにち》になって回顧するとまるで夢のようだ」
兄はこんな事を回想するのが好であった。そうしてそれは母にも嫂《あによめ》にも通じない、ただ父と自分だけに解る趣であった。
「その時大阪で面白いと思ったのはただそれぎりだが、何だかそんな連想を持って来て見ると、いっこう大阪らしい気がしないね」
自分は三沢のいた病院の三階から見下《みおろ》される狭い綺麗《きれい》な通を思い出した。そうして兄の見た棒使や力持はあんな町内にいる若い衆じゃなかろうかと想像した。
岡田夫婦
前へ
次へ
全520ページ中109ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング