とう》しそうに眺《なが》めていた母は、「いい室《へや》だが少し陰気だね。二郎お前のお室もこんなかい」と聞いた。自分は母のいる傍《そば》へ行って、下を見た。下には張物板《はりものいた》のような細長い庭に、細い竹が疎《まばら》に生えて錆《さ》びた鉄灯籠《かなどうろう》が石の上に置いてあった。その石も竹も打水《うちみず》で皆しっとり濡《ぬ》れていた。
「狭いが凝《こ》ってますね。その代り僕の所のように河がありませんよ、お母さん」
「おやどこに河があるの」と母がいう後《あと》から、兄も嫂《あによめ》もその河の見える座敷と取換えて貰おうと云い出した。自分は自分の宿のある方角やら地理やらを説明して聞かした。そうしてひとまず帰って荷物を纏《まと》めた上またここへ来る約束をして宿を出た。

        三

 自分はその夕方宿の払《はらい》を済まして母や兄といっしょになった。三人は少し夕飯《ゆうめし》が後《おく》れたと見えて、膳《ぜん》を控えたまま楊枝《ようじ》を使っていた。自分は彼らを散歩に連れ出そうと試みた。母は疲れたと云って応じなかった。兄は面倒らしかった。嫂だけには行きたい様子が見えた。

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