うちに汽車が着いた。岡田は彼ら三人のために特別に宿を取っておいたとかいって、直《ただち》に俥《くるま》を南へ走らした。自分は空《くう》に乗った俥の上で、彼のよく人を驚かせるのに驚いた。そう云えば彼が突然上京してお兼さんを奪うように伴《つ》れて行ったのも自分を驚かした目覚《めざ》ましい手柄《てがら》の一つに相違なかった。

        二

 母の宿はさほど大きくはなかったけれども、自分の泊っている所よりはよほど上品な構《かまえ》であった。室《へや》には扇風器だの、唐机《とうづくえ》だの、特別にその唐机の傍《そば》に備えつけた電灯などがあった。兄はすぐそこにある電報紙へ大阪着の旨《むね》を書いて下女に渡していた。岡田はいつの間にか用意して来た三四枚の絵端書《えはがき》を袂《たもと》の中から出して、これは叔父さん、これはお重《しげ》さん、これはお貞《さだ》さんと一々|名宛《なあて》を書いて、「さあ一口《ひとくち》ずつ皆《みん》などうぞ」と方々へ配っていた。
 自分はお貞さんの絵端書へ「おめでとう」と書いた。すると母がその後《あと》へ「病気を大事になさい」と書いたので吃驚《びっくり》した
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