《とお》り路《みち》に当るとかでその前側を幾坪か買い上げられると聞いたとき、自分は母に「じゃその金でこの夏みんなを連《つれ》て旅行なさい」と勧めて、「また二郎さんのお株が始まった」と笑われた事がある。母はかねてから、もし機会があったら京大阪を見たいと云っていたが、あるいはその金が手に入ったところへ、岡田からの勧誘があったため、こう大袈裟《おおげさ》な計画になったのではなかろうか。それにしても岡田がまた何でそんな勧誘をしたものだろう。
「何という大した考えもないんでございましょう。ただ昔《むか》しお世話になった御礼に御案内でもする気なんでしょう。それにあの事もございますから」
お兼さんの「あの事」というのは例の結婚事件である。自分はいくらお貞《さだ》さんが母のお気に入りだって、そのために彼女がわざわざ大阪|三界《さんがい》まで出て来るはずがないと思った。
自分はその時すでに懐《ふところ》が危《あや》しくなっていた。その上|後《あと》から三沢のために岡田に若干の金額を借りた。ほかの意味は別として、母と兄夫婦の来るのはこの不足填補《ふそくてんぽ》の方便として自分には好都合であった。岡田も
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