のが、何で兄さんにこんな問答を仕かけましょう。兄さんは正直です。腑《ふ》に落ちなければどこまでも問いつめて来ます。問いつめて来られれば、私には解らなくなります。それだけならまだしもですが、こういう批評的な談話を交換していると、せっかく実行的になりかけた兄さんを、またもとの研究的態度に戻してしまう恐れがあるのです。私は何より先にそれを気遣《きづかい》ました。私は天下にありとあらゆる芸術品、高山大河《こうざんたいが》、もしくは美人、何でも構わないから、兄さんの心を悉皆《しっかい》奪い尽して、少しの研究的態度も萌《きざ》し得ないほどなものを、兄さんに与えたいのです。そうして約一年ばかり、寸時の間断なく、その全勢力の支配を受けさせたいのです。兄さんのいわゆる物を所有するという言葉は、必竟《ひっきょう》物に所有されるという意味ではありませんか。だから絶対に物から所有される事、すなわち絶対に物を所有する事になるのだろうと思います。神を信じない兄さんは、そこに至って始めて世の中に落ちつけるのでしょう。

        四十九

 一昨日《おととい》の晩は二人で浜を散歩しました。私たちのいる所から海辺《うみべ》までは約三丁もあります。細い道を通って、いったん街道へ出て、またそれを横切らなければ海の色は見えないのです。月の出にはまだ間がある時刻でした。波は存外暗く動いていました。眼がなれるまでは、水と磯《いそ》との境目《さかいめ》が判然《はっきり》分らないのです。兄さんはその中を容赦なくずんずん歩いて行きます。私は時々|生温《なまぬる》い水に足下《あしもと》を襲われました。岸へ寄せる波の余りが、のし餅《もち》のように平《たい》らに拡《ひろ》がって、思いのほか遠くまで押し上げて来るのです。私は後《うしろ》から兄さんに、「下駄《げた》が濡《ぬ》れやしないか」と聞きました。兄さんは命令でも下すように、「尻を端折《はしお》れ」と云いました。兄さんは先刻《さっき》から足を汚す覚悟で、尻を端折っていたものと見えます。二三間離れた私にはそれが分らないくらい四囲《あたり》が暗いのでした。けれども時節柄《じせつがら》なんでしょう、避暑地だけあって人に会います。そうして会う人も会う人も、必ず男女《なんにょ》二人連《ふたりづれ》に限られていました。彼らは申し合せたように、黙って闇《やみ》の中を辿《たど》
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