を二三度強く小突き廻されました。私は身体《からだ》に感ずる動揺を、同じように心でも感じました。私は平生から兄さんを思索家と考えていました。いっしょに旅に出てからは、宗教に這入《はい》ろうと思って這入口《はいりくち》が分らないで困っている人のようにも解釈して見ました。私が心に動揺を感じたというのは、はたして兄さんのこの質問が、そういう立場から出たのであろうかと迷ったからです。私はあまり物に頓着《とんじゃく》しない性質《たち》です。またあまり物に驚かない、いたって鈍《どん》な男です。けれども出立|前《ぜん》あなたからいろいろ依頼を受けたため、兄さんに対してだけは、妙に鋭敏になりたがっていました。私は少し平気の道を踏み外《はず》しそうになりました。
「〔Keine Bru:cke fu:hrt von Mensch zu Mensch.〕(人から人へ掛け渡す橋はない)」
 私はつい覚えていた独逸《ドイツ》の諺《ことわざ》を返事に使いました。無論半分は問題を面倒にしない故意《こい》の作略《さりゃく》も交《まじ》っていたでしょうが。すると兄さんは、「そうだろう、今の君はそうよりほかに答えられまい」と云うのです。私はすぐ「なぜ」と聞き返しました。
「自分に誠実でないものは、けっして他人に誠実であり得ない」
 私は兄さんのこの言葉を、自分のどこへ応用して好いか気がつきませんでした。
「君は僕のお守《もり》になって、わざわざいっしょに旅行しているんじゃないか。僕は君の好意を感謝する。けれどもそういう動機から出る君の言動は、誠《まこと》を装《よそお》う偽《いつわ》りに過ぎないと思う。朋友《ほうゆう》としての僕は君から離れるだけだ」
 兄さんはこう断言しました。そうして私をそこへ取残したまま、一人でどんどん山道を馳《か》け下りて行きました。その時私も兄さんの口を迸《ほとば》しる Einsamkeit, du meine Heimat Einsamkeit !(孤独なるものよ、汝はわが住居《すまい》なり)という独逸語を聞きました。

        三十七

 私は心配しいしい宿へ帰りました。兄さんは室《へや》の真ん中に蒼《あお》い顔をして寝ていました。私の姿を見ても口を利《き》きません、動きもしません。私は自然を尊《たっと》む人を、自然のままにしておく方針を取りました。私は静かに兄さん
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