能のそれのように、三方の見所からは全く切り離されていた。そうしてその途切《とぎ》れた四五尺の空間からは日も射し風も通うようにできていた。
自分が物珍らしそうにこの様子を見ているうちに、観客《けんぶつ》は一人二人と絶えず集まって来た。その中には自分がある音楽会で顔だけ覚えたNという侯爵もいた。「今日は教育会があるので来られない」と細君の事か何かを、傍《そば》にいた坊主頭の丸々と肥えた小さい人に話していた。この丸い小さな人がKという公爵である事を、自分は後《あと》で三沢から教《おす》わった。
その三沢は舞楽の始まるやっと五六分前にフロックコートでやって来て、入口の金屏風の所でしばらく観覧席を見渡しながら躊躇《ちゅうちょ》していたが、自分の顔を見つけるや否や、すぐ傍へ来て腰をかけた。
彼と前後して一人の背の高い若い男が、年頃の女を二人連れて、やはり正面席へ這入《はい》って来た。男はフロックコートを着ていた。女は無論紋付であった。その男と伴《つれ》の女の一人が顔立から云ってよく似ているので、自分はすぐ彼らの兄妹である事を覚《さと》った。彼らは人の頭を五六列越して、三沢と挨拶《あいさつ》を交換した。男の顔にはできるだけの愛嬌《あいきょう》が湛《たた》えられた。女は心持顔を赤くした。三沢はわざわざ腰を浮かして起立した。婦人はたいてい前の方に席を占めるので、彼らはついに自分達の傍《そば》へは来なかった。
「あれが僕の妻《さい》になるべき人だ」と三沢は小声で自分に告げた。自分は腹の中で、あの夢のような大きな黒い眼の所有者であった精神病のお嬢さんと、自分の二三間前に今席を取った色沢《いろつや》の好いお嬢さんとを比較した。彼女は自分にただ黒い髪と白い襟足《えりあし》とを見せて坐っていた。それも人の影に遮《さえぎ》られて自由には見られなかった。
「もう一人の女ね」と三沢がまた小声で云いかけた。それから彼は突然ポッケットへ手を入れて、白い紙片《かみきれ》と万年筆を取り出した。彼はすぐそれへ何か書き始めた。正面の舞台にはもう楽人《がくじん》が現われた。
十九
彼らは帽子とも頭巾《ずきん》とも名の付けようのない奇抜なものを被《かぶ》っていた。謡曲の富士太鼓を知っていた自分は、おおかたこれが鳥兜《とりかぶと》というものだろうと推察した。首から下も被りものと同じく現代を
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