ったので、「じゃはなはだ御迷惑だけど、一郎さんとお直《なお》さんに引き受けていただきましょうか、この場|限《かぎ》り」と岡田が父に相談した。父は簡単に「好かろうよ」と答えた。嫂《あによめ》は例のごとく「どうでも」と云った。兄も「どうでも」と云ったが、後《あと》から、「しかし僕らのような夫婦が媒妁人《ばいしゃくにん》になっちゃ、少し御両人のために悪いだろう」と付け足した。
「悪いなんて――僕がするより名誉でさあね。ねえ二郎さん」と岡田が例のごとく軽い調子で云った。兄は何やらその理由を述べたいらしい気色《けしき》を見せたが、すぐ考え直したと見えて、「じゃ生れて初めての大役を引き受けて見るかな。しかし何にも知らないんだから」と云うと、「何向うで何もかも教えてくれるから世話はない。お前達は何もしないで済むようにちゃんと拵《こしら》えてあるんだ」と父が説明した。

        三十六

 反橋《そりはし》を渡る所で、先の人が何かに支《つか》えて一同ちょっととまった機会を利用して、自分はそっと岡田のフロックの尻を引張った。
「岡田さんは実に呑気《のんき》だね」と云った。
「なぜです」
 彼は自ら媒妁人《ばいしゃくにん》をもって任じながら、その細君を連れて来ない不注意に少しも気がついていないらしかった。自分から呑気の訳を聞いた時、彼は苦笑して頭を掻《か》きながら、「実は伴《つ》れて来《き》ようと思ったんですがね、まあどうかなるだろうと思って……」と答えた。
 反橋を降りて奥へ這入《はい》ろうという入口の所で、花嫁は一面に張り詰められた鏡の前へ坐《すわ》って、黒塗の盥《たらい》の中で手を洗っていた。自分は後《うしろ》から背延《せいのび》をして、お貞さんの姿を見た時、なるほどこれで列が後《おく》れるんだなと思うと同時に吹き出したくなった。せっかく丹精して塗り立てた彼女の手も、この神聖な一杓《ひとしゃく》の水で、無残《むざん》に元のごとく赤黒くされてしまったのである。
 神殿の左右には別室があった。その右の方へ兄が佐野さんを伴れて這入った。その左の方へ嫂《あによめ》がお貞さんを伴れて這入った。それが左右から出て来て着座するのを見ると、兄夫婦は真面目な顔をして向い合せに坐っていた。花嫁花婿も無論の事、謹《つつし》んだ姿で相対していた。
 式壇を正面に、後《うしろ》の方にずらりと並んだ
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