われなかった。
 兄が席を立って書斎に入《い》ったのはそれからしてしばらく後《のち》の事であった。自分は耳を峙《そばだ》てて彼の上靴《スリッパ》が静《しずか》に階段を上《のぼ》って行く音を聞いた。やがて上の方で書斎の戸《ドア》がどたんと閉まる声がして、後は静になった。
 東京へ帰ってから自分はこんな光景をしばしば目撃した。父もそこには気がついているらしかった。けれども一番心配そうなのは母であった。彼女は嫂《あによめ》の態度を見破って、かつ容赦の色を見せないお重を、一日も早く片づけて若い女同士の葛藤《かっとう》を避けたい気色《けしき》を色にも顔にも挙動にも現した。次にはなるべく早く嫁を持たして、兄夫婦の間から自分という厄介《やっかい》ものを抜き去りたかった。けれども複雑な世の中は、そう母の思うように旨《うま》く回転してくれなかった。自分は相変らず、のらくらしていた。お重はますます嫂を敵《かたき》のように振舞った。不思議に彼女は芳江を愛した。けれどもそれは嫂のいない留守に限られていた。芳江も嫂のいない時ばかりお重に縋《すが》りついた。兄の額には学者らしい皺《しわ》がだんだん深く刻《きざ》まれて来た。彼はますます書物と思索の中に沈んで行った。

        八

 こんな訳で、母の一番軽く見ていたお貞さんの結婚が最初にきまったのは、彼女の思わくとはまるで反対であった。けれども早晩《いつか》片づけなければならないお貞さんの運命に一段落をつけるのも、やはり父や母の義務なんだから、彼らは岡田の好意を喜びこそすれ、けっしてそれを悪く思うはずはなかった。彼女の結婚が家中《うちじゅう》の問題になったのもつまりはそのためであった。お重はこの問題についてよくお貞さんを捕《つら》まえて離さなかった。お貞さんはまたお重には赤い顔も見せずに、いろいろの相談をしたり己《おの》れの将来をも語り合ったらしい。
 ある日自分が外から帰って来て、風呂から上ったところへ、お重が、「兄さん佐野さんていったいどんな人なの」と例の前後を顧慮しない調子で聞いた。これは自分が大阪から帰ってから、もう二度目もしくは三度目の質問であった。
「何だそんな藪《やぶ》から棒に。御前はいったい軽卒でいけないよ」
 怒りやすいお重は黙って自分の顔を見ていた。自分は胡坐《あぐら》をかきながら、三沢へやる端書《はがき》を書いてい
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