一二丁先で、ぐるりと廻り込んで、先が見えないから、不意に姿を出したり、隠したりするような仕掛《しかけ》にできてるのかも知れないが、何しろ時が時、場所が場所だから、ちょっと驚いた。自分は四本目の芋《いも》を口へ宛《あて》がったなり、顎《あご》を動かす事を忘れて、この小僧をしばらくの間眺めていた。もっともしばらくと云ったって、わずか二十秒くらいなものである。芋はそれからすぐに食い始めたに違いない。
 小僧の方では、自分らを見て、驚いたか驚かないか、その辺はしかと確められないが、何しろ遠慮なく近づいて来た。五六間のこっちから見ると頭の丸い、顔の丸い、鼻の丸い、いずれも丸く出来上った小僧である。品質から云うと赤毛布《あかげっと》よりもずっと上製である。自分らが三人並んで橋向うの小路《こみち》を塞《ふさ》いでいるのを、とんと苦にならない様子で通り抜けようとする。すこぶる平気な態度であった。すると長蔵さんが、また、
「おい、小僧さん」
と呼び留めた。小僧は臆《おく》した気色《けしき》もなく
「なんだ」
と答えた。ぴたりと踏み留《とどま》った。その度胸には自分も少々驚いた。さすがこの日暮に山から一人
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