う決心で自宅《うち》を飛出したのである。それが第二には死ななくっても好いから人のいない所へ行きたいと移って来た。それがまたいつの間にか移って、第三にはともかくも働こうと変化しちまった。ところで、さて働くとなると、並《なみ》の働き方よりも第二に近い方がいい、一歩進めて云えば第一に縁故のある方が望ましい。第一、第二、第三と知らぬ間《あいだ》に心変りがしたようなものの、変りつつ進んで来た、心の状態は、うやむやの間に縁を引いて、擦《ず》れ落ちながらも、振り返って、もとの所を慕いつつ押されて行くのである。単に働くと云う決心が、第二を振り切るほど突飛《とっぴ》でもなかったし、第一と交渉を絶つほど遠くにもいなかったと見える。働きながら、人のいない所にいて、もっとも死に近い状態で作業が出来れば、最後の決心は意のごとくに運びながら、幾分か当初の目的にも叶《かな》う訳になる。坑夫と云えば名前の示すごとく、坑《あな》の中で、日の目を見ない家業《かぎょう》である。娑婆《しゃば》にいながら、娑婆から下へ潜《もぐ》り込んで、暗い所で、鉱塊《あらがね》土塊《つちくれ》を相手に、浮世の声を聞かないで済む。定めて陰気だ
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