い浮べたまでであろうが、それほど人間が死ぬのを苦に病んでいようとは夢にも思い浮べなかった。これだから自殺などはできないはずである。こう云う時は、魂の段取《だんどり》が平生と違うから、自分で自分の本能に支配されながら、まるで自覚しないものだ。気をつけべき事と思う。この例なども、解釈のしようでは、神が助けてくれたともなる。自分の影身《かげみ》につき添っている――まあ恋人が多いようだが――そう云う人々の魂が救ったんだともなる。年の若い割に、自分がこの声を艶子さんとも澄江さんとも解釈しなかったのは、己惚《うぬぼれ》の強い割には感心である。自分は生れつきそれほど詩的でなかったんだろう。
そこへ初さんがひょっくり帰って来た。初さんを見るが早いか、自分の意識はいよいよ明瞭《めいりょう》になった。これから例の逆桟道《さかさんどう》を登らなくっちゃならない事も、明日《あした》から、鑿《のみ》と槌《つち》でかあんかあんやらなくっちゃならない事も、南京米《ナンキンまい》も、南京虫《ナンキンむし》も、ジャンボー[#「ジャンボー」に傍点]も達磨《だるま》も一時に残らず分ってしまい、そうして最後に自分の堕落がも
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