》ぐらいはあるだろう。箕に入れたばら[#「ばら」に傍点]の鉱《あらがね》を、掘子《ほりこ》が抛げ込んだばかりである。突き当りの壁は突立《つッた》っている。微《かすか》なカンテラ[#「カンテラ」に傍点]に照らされて、色さえしっかり分らない上が、一面に濡《ぬ》れて、濡れた所だけがきらきら光っている。
「覗《のぞ》いて見ろ」
 初さんが云った。穴の手前が三尺ばかり板で張り詰めてある。自分は板の三分の一ほどまで踏み出した。
「もっと、出ろ」
と初さんが後から催促する。自分は躊躇《ちゅうちょ》した。これでさえ踏板が外《はず》れれば、どこまで落ちて行くか分らない。ましてもう一尺前へ出れば、いざと云う時、土の上へ飛《と》び退《の》く手間《てま》が一尺だけ遅くなる。一尺は何でもないようだが、ここでは平地《ひらち》の十間にも当る。自分は何分《なにぶん》にも躊躇《ちゅうちょ》した。
「出ろやい。吝《けち》な野郎だな。そんな事で掘子が勤まるかい」
と云われた。これは初さんの声ではなかった。黒い影の一人が云ったんだろう。自分は振り返って見なかった。しかし依然として足は前へ出なかった。ただ眼だけが、露で光った薄
前へ 次へ
全334ページ中247ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング