の顔を見たんである。よくはわからない顔であった。一人の男は頬骨《ほおぼね》の一点と、小鼻の片傍《かたわき》だけが、灯《ひ》に映った。次の男は額と眉《まゆ》の半分に光が落ちた。残る一人は総体にぼんやりしている。ただ自分の持っていた、カンテラ[#「カンテラ」に傍点]を四五尺手前から真向《まっこう》に浴びただけである。――三人はこの姿勢で、ぎろりと眼を据《す》えた。自分の方に。
ようやく人間に逢《あ》って、やれ嬉《うれ》しやと思った自分は、この三|対《つい》の眼球《めだま》を見るや否や、思わずぴたりと立ち留った。
「手前《てめえ》は……」
と云い掛けて、一人が言葉を切った。残る二人はまだ口を開《ひら》かない。自分も立ち留まったなり、答えなかった。――答えられなかった。すると
「新《しん》めえだ」
と、初さんが、威勢のいい返事をしてくれた。本当のところを白状すると、三人の眼球が光って、「手前は……」と聞かれた時は、初さんの傍《そば》にいる事も忘れて、ただおやっと思った。立すくむと云うのはこれだろう。立ちすくんで、硬《かた》くこわ張り掛けたところへ「新めえだ」と云う声がした。この声が自分の左の
前へ
次へ
全334ページ中237ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング