曲った。だらだら坂の下りになる。もう入口は見えない。振返っても真暗だ。小さい月のような浮世の窓は遠慮なくぴしゃりと閉って、初さんと自分はだんだん下の方へ降りて行く。降りながら手を延ばして壁へ触《さわ》って見ると、雨が降ったように濡《ぬ》れている。
「どうだ、尾《つ》いて来るか」
と、初さんが聞いた。
「ええ」
とおとなしく答えたら、
「もう少しで地獄の三丁目へ来る」
と云ったなり、また二人とも無言になった。この時行く手の方《かた》に一点の灯《あかり》が見えた。暗闇《くらやみ》の中の黒猫の片眼のように光ってる。カンテラ[#「カンテラ」に傍点]の灯《ひ》なら散らつくはずだが、ちっとも動かない。距離もよく分らない。方角も真直《まっすぐ》じゃないが、とにかく見える。もし坑《あな》の中が一本道だとすれば、この灯を目懸《めが》けて、初さんも自分も進んで行くに違ない。自分は何にも聞かなかったが、大方これが地獄の三丁目なんだろうと思って、這入って行った。すると、だらだら坂がようやく尽きた。路は平らに向うへ廻り込む。その突き当りに例の灯《ひ》が点《つ》いている。さっきは鼻の下に見えたが、今では眼と擦々《
前へ 次へ
全334ページ中221ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング