見た。奥は暗かった。
「どうだここが地獄の入口だ。這入《はい》れるか」
と初さんが聞いた。何だか嘲弄《ちょうろう》の語気を帯びている。さっき飯場《はんば》を出て、ここまで来る途中でも、方々の長屋の窓から首を出して、
「昨日《きのう》のだ」
「新来《しんき》だ」
と口々に罵《ののし》っていたが、その様子を見ると単に山の中に閉じ込められて物珍らしさの好奇心とは思えなかった。その言葉の奥底にはきっと愚弄《ぐろう》の意味がある。これを布衍《ふえん》して云うと、一つには貴様もとうとうこんな所へ転げ込んで来た、いい気味だ、ざまあ見ろと云う事になる。もう一つは御気の毒だが来たって駄目だよ。そんな脂《やに》っこい身体《からだ》で何が勤まるものかと云う事にもなる。だから「昨日《きのう》のだ」「新来《しんき》だ」と騒ぐうちには、自分が彼らと同様の苦痛を甞《な》めなければならないほど堕落したのを快く感ずると共に、とうていこの苦痛には堪《た》えがたい奴だとの軽蔑《けいべつ》さえ加わっている。彼らは他人《ひと》を彼らと同程度に引き摺《ず》り落して喝采《かっさい》するのみか、ひとたび引き摺り落したものを、もう一返
前へ 次へ
全334ページ中217ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング