一行ばかり聞くと、急に泣きたくなったが、実は泣かなかった。悄然《しょうぜん》とはしていたが、気は張っている。どこからか知らないが、抵抗心が出て来た。ただ思うように口が利《き》けないから、黙って向うの云う事を聞いていた。すると飯場掛りは嬉しいほど親切な口調で、こう云った。――
「……まあどうして、こんな所へ御出《おいで》なすったんだか、今の男が連れて来るくらいだから大概|私《わたし》にも様子は知れてはいるが――どうです、もう一遍考えて見ちゃあ。きっと取《と》ッ附《つけ》坑夫になれて、金がうんと儲《もう》かるてえような旨《うま》い話でもしたんでしょう。それがさ、実際やって見るととうてい話の十が一にも行かないんだからつまらないです。第一坑夫と一口に云いますがね。なかなかただの人に出来る仕事じゃない、ことにあなたのように学校へ行って教育なんか受けたものは、どうしたって勤まりっこありませんよ。……」
 飯場頭《はんばがしら》はここまで来て、じっと自分の顔を見た。何とか云わなくっちゃならない。幸《さいわ》いこの時はもう泣きたいところを通り越して、口が利《き》けるようになっていた。そこで自分はこう云
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