されたと云う事が分った。考えるとひどい男だ。ここまで引っ張って来るときには、何のかのと、世話らしい言葉を掛けたのに、いざとなると通り一片の挨拶《あいさつ》もしない。それにしてもぽん引[#「ぽん引」に傍点]の手数料はいつ何時《なんどき》どこで取ったものか、これは今もって分らない。
こう云うしだいで飯場頭からは、土釜の炭俵のごとく認定される、長蔵さんからは小包のように抛《な》げ込まれる。少しも人間らしい心持がしないんで、大いに悄然《しょうぜん》としていると、出て行く三人の後姿を見送った飯場頭は突然自分の方を向いた。その顔つきが変っている。人を炭俵のように取扱う男とは、どうしても受取れない。全く東京辺で朝晩|出逢《であ》う、万事を心得た苦労人の顔である。
「あなたは生れ落ちてからの労働者とも見えないようだが……」
飯場掛《はんばがかり》の言葉をここまで聞いた時、自分は急に泣きたくなった。さんざっぱらお前さん[#「お前さん」に傍点]で、厭《いや》になるほどやられた揚句《あげく》の果《はて》、もうとうてい御前さん以上には浮ばれないものと覚悟をしていた矢先に、突然あなた[#「あなた」に傍点]の
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