。
よっぽど聞き返そうかと思ったが、大方これがシキ[#「シキ」に傍点]なんだろうと思って黙っていた。あとから自分もこのシキ[#「シキ」に傍点]と云う言葉を明瞭《めいりょう》に理解しなければならない身分になったが、やっぱり始めにぼんやり考えついた定義とさした違もなかった。そのうち左へ折れていよいよシキ[#「シキ」に傍点]の方へ這入《はい》る事になった。鉄軌《レール》についてだんだん上《のぼ》って行くと、そこここに粗末な小さい家がたくさんある。これは坑夫の住んでる所だと聞いて、自分も今日から、こんな所で暮すのかと思ったが、それは間違であった。この小屋はどれも六畳と三畳|二間《ふたま》で、みんな坑夫の住んでる所には違ないが、家族のあるものに限って貸してくれる規定であるから、自分のような一人ものは這入りたくたって這入れないんだった。こう云う小屋の間を縫って、飽《あ》きずに上《のぼ》って行くと、今度は石崖《いしがけ》の下に細長い横幅ばかりの長屋が見える。そうして、その長屋がたくさんある。始めはわずか二三軒かと思ったら、登るに従って続々あらわれて来た。大きさも長さも似たもんで、みんな崖下《がけし
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