こぼん》を持って来た。
 主人だの、次の間だの、茶だの、煙草盆だの、と云うとすこぶる尋常に聞えるが、その実名ばかりで、一々説明すると、大変な誤解をしていたんだねと呆《あき》れ返《かえ》るものばかりである。がとにかく主人が次の間から、茶と煙草盆を持って来たには違いない。そうして長蔵さんと談話《はなし》をし始めた。談話の筋は忘れたが、その様子から察すると、二人はもとからの知合で、御互の間には貸や借があるらしい。何でも馬の事をしきりに云ってた。自分だの、赤毛布だの、小僧などの事はまるで聞きもしない。まるで眼中にない訳でもあるまいが、さっき長蔵さんが一人で談判に這入《はい》った時に、残らず聞いてしまったんだろう。それとも長蔵さんはたびたびこんな呑気屋《のんきや》を銅山《やま》へ連れて行くんで、自然その往き還りにはこの主人の厄介《やっかい》になりつけてるから、別段気にも留めないのかも知れない。
 自分は、長蔵さんと主人との話を聞きながら、居眠《いねむり》を始めた。いつから始めたか知らない。馬を売損《うりそこな》って、どうとかしたと云うところから、だんだん判然《はっきり》しなくなって、自然《じねん
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