が空を見事に突っ切って、頭の上は細く上まで開《あ》いているなと、仰向《あおむ》いた時、始めて勘づくくらいな暗い路である。星明りと云うけれど、あまり便《たより》にゃならない。提灯《ちょうちん》なんか無論持ち合せようはずがない。自分の方から云うと、先へ行く赤毛布《あかげっと》が目標《めあて》である。夜だから赤くは見えないが、何だか赤毛布らしく思われる。明るいうちから、あの毛布《けっと》、あの毛布と御題目《おだいもく》のように見詰めて覘《ねらい》をつけて来たせいで、日が暮れて、突然の眼には毛布だか何だか分らないところを、自分だけにはちゃんと赤毛布に見えるんだろう。信心の功徳《くどく》なんてえのは大方こんなところから出るに違ない。自分はこう云う訳で、どうにか目標《めじるし》だけはつけて置いたようなものの、長蔵さんに至っては、どのくらいあとから自分が跟《つ》いてくるか分りようがない。ところをちゃんと五六間以上になると留《と》まってくれる。留まってくれるんだか、留まる方が向うの勝手なんだか、判然しないが、とにかく留まることはたしかだった。とうてい素人《しろうと》にゃできない芸である。自分は苦しいうちにも、これが長蔵さんの商売に必要な芸で、長蔵さんはこの芸を長い間練習して、これまでに仕上げたんだなと、少からず感心した。赤毛布は長蔵さんと並んでいるんだから、長蔵さんさえ留まればきっととまる。長蔵さんが歩き出せば必ず歩き出す。まるで人形のように活動する男であった。ややともすると後れ勝ちの自分よりはこの赤毛布の方が遥《はるか》に取り扱いやすかったに違ない。小僧は――例の小僧は消えて無くなっちまった。始めのうちこそ小僧だから後《あと》になるんだろうと思って、草臥《くたび》れたら励ましてやろうくらいの了簡《りょうけん》があったんだが、かの冷飯草履《ひやめしぞうり》をぴしゃりぴしゃりと鳴らしながら凸凹《でこぼこ》路を飛び跳《は》ねて進行する有様を目撃してから、こりゃ敵《かな》わないと覚悟をしたのは、よっぽど前の事である。それでもしばらくの間はぴしゃりぴしゃりが自分の袖《そで》と擦《す》れ擦れくらいになって、登って来たが、今じゃもう自分の近所には影さえなくなった。並んで歩くうちは、あまり小僧の癖に活溌《かっぱつ》にあるくんで――活溌だけならいいが、活溌の上に非常に沈黙なんで――、随分物騒な心持
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