の条項中のあるものは性質において併立《へいりつ》して存在すべきも、甲乙を従属せしむべきものでないと云う事に気がつくかも知れぬ。しかもその併立せるものが一見反対の趣味で相容《あいい》れぬと云う事実も認め得るかも知れぬ――批評家は反対の趣味も同時に胸裏《きょうり》に蓄える必要がある。
物理学者が物質を材料とするごとく、動物学者が動物を材料とするごとく、批評家もまた過去[#「過去」に白丸傍点]の文学を材料として以上の条項とこの条項に従て起る趣味の法則を得ねばならぬ。されどもこの条項とこの法則とは過去の材料[#「過去の材料」に傍点]より得たる事実を忘れてはならぬ。したがって古《ふるき》に拘泥《こうでい》してあらゆる未来の作物にこれらを応用して得たりと思うは誤りである。死したる自然は古今来《ここんらい》を通じて同一である。活動せる人間精神の発現は版行《はんこう》で押したようには行かぬ。過去の文学は未来の文学を生む。生まれたものは同じ訳には行かぬ。同じ訳に行かぬものを、同じ法則で品隲《ひんしつ》せんとするのは舟を刻んで剣を求むるの類《たぐい》である。過去を綜合《そうごう》して得たる法則は批評家の
前へ
次へ
全16ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング