が水底をあるいたり怪《け》しからん事|許《ばか》りであるうちに、一貫して斯《こ》う云う事がある。着衣喫飯の主人公たる我は何物ぞと考え考えて煎《せん》じ詰《つ》めてくると、仕舞《しまい》には、自分と世界との障壁《しょうへき》がなくなって天地が一枚で出来た様な虚霊皎潔《きょれいこうけつ》な心持になる。それでも構わず元来吾輩は何だと考えて行くと、もう絶体絶命にっちもさっちも行かなくなる、其所《そこ》を無理にぐいぐい考えると突然と爆発して自分が判然と分る。分るとこうなる。自分は元来生れたのでもなかった。又死ぬものでもなかった。増しもせぬ、減《へ》りもせぬ何《な》んだか訳の分らないものだ。
 しばらく彼等の云う事を事実として見ると、所謂《いわゆる》生死の現象は夢の様なものである。生きて居たとて夢である。死んだとて夢である。生死とも夢である以上は生死界中に起る問題は如何《いか》に重要な問題でも如何に痛切な問題でも夢の様な問題で、夢の様な問題以上には登らぬ訳である。従って生死界中にあって最も意味の深い、最も第一義なる問題は悉《ことごと》く其|光輝《こうき》を失ってくる。殺されても怖くなくなる。金を貰
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