もう一刻も猶豫が出來なくなつた。仕方がないから兎に角明るくて暖かさうな方へ方へとあるいて行く。今から考へると其時は既に家の内に這入つてたのだ。こゝで余は彼の書生以外の人間を再び見るべき機會に遭遇したのである。第一に逢つたのがおさんである。是は前の書生より一層亂暴な方で我輩を見るや否やいきなり頸筋をつかんで表へ抛り出した。いや是は駄目だと思つたから眼をねぶつて運を天に任せて居た。然しひもじいのと寒いのにはどうしても我慢が出來ん。吾輩は再びおさんの隙を見て臺所へ這ひ上つた。すると間もなく又投げ出された。吾輩は投げ出されては這ひ上り、這ひ上つては投げ出され何でも同じ事を四五遍繰り返したのを記憶して居る。其時におさんと云ふ者はつく/″\いやになつた。此間おさんの三馬を偸んで此返報をしてやつてから、やつと胸の痞が下りた。吾輩が最後につまみ出され樣としたときに、此家の主人が騷々しい何だといひながら出て來た。下女は吾輩をぶら下げて主人の方へ向けて此宿なしの小猫がいくら出しても出しても御臺所へ上つて來て困りますといふ。主人は鼻の下の黒い毛を撚りながら吾輩の顏を暫らく眺めて居つたが。やがてそんなら内へ置
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