は面白い。先達である學生にニコラス、ニツクルベーがギポンに忠告して彼の一世の大著述なる佛國革命史を佛語で書くのをやめにして英文で出版させたと言つたら、其學生が又馬鹿に記憶の善い男で、日本文學會の演説會で眞面目に僕の話した通りを繰り返したのは滑稽であつた。所が其時の傍聽者は約百名許りであつたが、皆熱心にそれを傾聽して居つた。夫からまだ面白い話がある。先達て或る文學者の居る席でハリソンの歴史小説セオフアーノの話しが出たから僕はあれは歴史小説の中で白眉である。ことに女主人公が死ぬ所は鬼氣人を襲ふ樣だと評したら、僕の向ふに坐つて居る知らんと云つた事のない先生が、さう/\あすこは實に名文だといつた。それで僕は此男も矢張僕同樣此小説を讀んで居らないといふ事を知つた」神經胃弱性の主人は眼を丸くして問ひかけた。「そんな出鱈目をいつて若し相手が讀んで居たらうどうする積りだ」恰も人を欺くのは差支ない、只化の皮があらはれた時は困るじやないかと感じたるものゝ如くである。美學者は少しも動じない。「なに其時や別の本と間違へたとか何とか云ふ許りさ」と云つてけら/\笑つて居る。此美學者は金縁の眼鏡は掛て居るが其性質が
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